はじめに
『ウリッコ』1巻のキズミを見ていて気になるのが、一度やめた漫画を、なぜまた描き始めるのかということです。
キズミは漫画を描くことをやめています。
その理由は、決して複雑ではありません。
漫画を描くよりも、そちらのほうが稼げるからです。
漫画は時間をかけても、必ずお金になるわけではない。
一方で、パパ活なら短い時間でお金を得られる。
生活のことを考えれば、漫画をやめるという選択はむしろ合理的です。
ところがキズミは、そんな漫画をもう一度描き始めます。
ここに、キズミという人物を考えるうえで重要な部分があるように思います。

キズミにとって漫画は「稼ぐ手段」ではない
キズミにとってパパ活は、かなり効率のいい仕事です。
短い時間でお金を得ることができ、漫画のように長い時間をかけて努力する必要もありません。
そして、頑張った結果が出るまで何カ月も待つ必要もない。
生活のためにお金を稼ぐという目的だけを考えれば、漫画よりもパパ活を選ぶのは自然です。
漫画はその逆です。
描くためには時間が必要で、描いたからといって評価されるとは限らない。
まして、それがすぐ収入につながるわけでもありません。
「お金を稼ぐ」という一点だけで比較すれば、漫画を続けるメリットはかなり小さい。
それでもキズミは漫画に戻ってきます。
つまり、キズミにとって漫画は、単純に「お金を稼ぐための手段」ではないのでしょう。
では、キズミは漫画に何を求めているのでしょうか。
漫画を描いていると「時間を忘れられる」
その答えの一つが、時間との関係だと思います。
キズミにとって、何もせずに過ごす時間は非常に長い。
ネカフェで15時間を過ごす場面が、その感覚を象徴しています。
同じ15時間でも、何もすることがない状態では、一時間、一時間が妙に長く感じられる。
ところが漫画を描いていると、その時間があっという間に過ぎていく。
これは漫画が「楽しいから」というだけではありません。
漫画を描いている間は、少なくとも現実のことを考えなくて済む。
自分が今どういう状況にいるのか。
これからどうすればいいのか。
お金をどうするのか。
そういった現実から、一時的に距離を置くことができる。
キズミにとって漫画は、時間を埋めるためのものでもあり、自分自身を現実から切り離すためのものでもあるのだと思います。
キズミにとって漫画は「夢」ではなく「逃げ場」
ここが、キズミという人物の面白いところです。
漫画を描くキャラクターというと、「漫画家になる」という夢を持ち、その夢のために努力する姿を想像しやすい。
しかし、キズミはそういう人物ではありません。
漫画を描くことが、人生の明確な目標になっているわけではない。
むしろ漫画は、現実から逃げるための場所に近い。
現実が苦しいから漫画を描く。
何もすることがないから漫画を描く。
長すぎる時間をやり過ごすために漫画を描く。
一見すると、かなり後ろ向きな理由です。
けれど、それでも漫画を描いている時間だけは、キズミにとって現実とは違う時間になります。
だから、一度漫画をやめても、また戻ってくる。
「漫画を続けたい」という強い意志があるからではなく、漫画を描いている時間を必要としているからです。
綺麗じゃない動機だからこそリアル
物語では、「夢があるから頑張れる」という人物がよく描かれます。
明確な目標があって、そのために努力する。
これは非常に分かりやすい物語です。
しかし、現実の人間が何かを続ける理由は、必ずしもそんなに綺麗なものではありません。
「なんとなく好きだから」
「他にやることがないから」
「やっている間は嫌なことを考えなくて済むから」
そんな曖昧な理由から始まったものが、いつの間にか生活の一部になっていることもあります。
キズミの漫画も、それに近いのではないでしょうか。
漫画を描くことが人生を変えると信じているわけでもない。
漫画で成功したいという強い覚悟があるわけでもない。
それでも、漫画を描いている時間は必要だった。
この「綺麗ではない動機」が、キズミという人物を妙に現実的な存在にしています。
キズミは特別な人間ではない
だからこそ、キズミは「特別な才能を持った主人公」として見るよりも、かなり普通の人間として見たほうが面白い人物だと思います。
明確な夢があるわけでもない。
努力する強い理由があるわけでもない。
それでも、何かをしているときだけは時間を忘れることができる。
その小さな逃げ場にすがるようにして、漫画を描いている。
そして、その「普通さ」があるからこそ、キズミの置かれている状況が怖く感じられます。
特別な人間だから特殊な状況に陥ったのではない。
普通の人間でも、少しずつ逃げ場を失っていけば、同じような場所まで行ってしまうかもしれない。
そう考えると、キズミの行動は他人事ではなくなります。

まとめ
キズミが漫画をやめて、また描き始めるのは、漫画が「夢」だからとは限りません。
お金を稼ぐという目的だけなら、漫画より効率のいい方法があります。
それでも漫画に戻るのは、漫画を描いている時間だけ、現実を忘れることができるから。
キズミにとって漫画は、夢というより「逃げ場」なのです。
そして、この逃げ場があること自体は、決して悪いことではありません。
誰にでも、現実から少し離れられる何かが必要なときはあります。
ただ、逃げ場にしていたものが、いつの間にか自分の生活そのものになってしまったらどうなるのか。
『ウリッコ』1巻は、そんな危うさをキズミという人物を通して描いているように感じます。
キズミは、特別な人間ではありません。
だからこそ彼女の選択はリアルで、そして少し怖い。
「夢があるから努力する」のではなく、「現実から逃げるために何かを続ける」ことも、人が何かを続ける理由になり得る。
キズミという人物の面白さは、そこにあるのではないでしょうか。



コメント