「この漫画、読んでいてつらい……」
そう感じるのに、なぜかページをめくる手が止まらない。
『みいちゃんと山田さん』2巻は、そんな不思議な読み心地を持った巻でした。
仕事、人間関係、恋愛、暴力、家庭環境、学校生活。
描かれている出来事だけを並べれば、かなり重たい。
それなのに、読んでいて「話が分からなくなる」ということがほとんどありません。
むしろ、
「この人、危ないな」
「これはおかしいんじゃないか」
「そういうことだったのか」
と、読者が状況を理解しながら読み進められる。
2巻を読んで強く感じたのは、この「重たい現実を、徹底して分かりやすく見せる力」こそが、『みいちゃんと山田さん』の面白さの一つなのではないかということです。
今回は第6話「夢」から第11話「小学生みいちゃん」、番外編まで振り返りながら、2巻の魅力を深掘りしていきます。
※以下、2巻の内容に触れています。未読の方はご注意ください。
みいちゃんと山田さんの1巻のレビューはこちら

『みいちゃんと山田さん』2巻の感想|重たいテーマが続くのに読みやすい
第6話「夢」|「好きだから」だけでは、命も物も大切にできない
第6話は、みいちゃんがハムスターを飼う話。
山田さんが「無責任にハムスターを飼うって言うな」と注意するのですが、ここはかなり山田さんに同感でした。
「命だぞ命」という言葉が、この話のポイントだと思います。
一方で、みいちゃん自身には悪意がありません。
ハムスターを可愛がっているつもりではある。
キャバ嬢たちのハムスターへの接し方も、それぞれ違います。
「映えるから」という目的で可愛がる人もいれば、
「かわいい」と言いながら乱暴に扱ってしまいそうな人もいる。
同じ「かわいい」という言葉でも、その中身は人によって全然違う。
そして、みいちゃんの「好き」は、部屋にも表れています。
山田さんがみいちゃんの部屋を訪れると、大量のぬいぐるみが置かれている。
壁には「ままのでんわ」と電話番号が書かれたメモや、「あさおきたらやること」が書かれたメモ。
作中では特に説明されませんが、個人的にはこのメモもかなり気になりました。
一方の山田さんは、メモには触れず、部屋いっぱいに置かれたぬいぐるみに興味を示します。
たしかに、メモが気にならなくなるほどぬいぐるみが多い。
みいちゃんは「好きだからだよ!」と言うのですが、それだけで説明するには限度がある量です。
しかも、「買ったり、拾ったり」と話す。
ここで「拾ったり」という言葉に違和感が残ります。
よく見ると、部屋の机には粗大ゴミのシールまで貼られている。
みいちゃん自身が言うように、部屋にある物には拾った物も多いようです。
「好きなものは自由に集めていい」
という考え方自体は悪くない。
でも、拾うことまで含めてしまうと、やはり少し違う。
この話では、みいちゃんの「好き」が、純粋な趣味としてだけではなく、彼女の価値観そのものとして描かれているように感じました。
山田さんの「好きなもの」にも、別の問題がある
第6話で個人的に印象に残ったのが、山田さんの過去です。
山田さんは子どもの頃、欲しいと言ったおもちゃや漫画を買ってもらえなかった。
大人になってお金を持つようになってからも、ママが嫌いだと言っていた漫画やゲーム、可愛い洋服を買うときに罪悪感を覚えてしまう。
ここには、みいちゃんとは正反対の問題があります。
みいちゃんは、
「好きだから集める」
山田さんは、
「好きなものを買ってもいいのだろうか」
と迷ってしまう。
どちらも「好き」という感情を持っているのに、過去の経験によって、その扱い方が全く違う。
みいちゃんの部屋に違和感を覚えながらも、山田さん自身にも
「好きなものを自由にしていいのか」
という葛藤がある。
この二人を同じ場面に置くことで、それぞれの「好き」の形が浮かび上がっているのが面白いところです。
第7話「普通に生きてきた」|ニナちゃんは「頑張っても普通になれない」
2巻で新たに強く印象に残ったのが、ニナちゃんです。
先月入ったばかりで、昼職の経験もある。
一見すると、みいちゃんよりもしっかりしていそうです。
ところが、実際にはよく怒られている。
美容院を予約しても当日になると面倒になってキャンセルしたり、予約そのものを忘れてすっぽかしてしまったり。
その話を聞いた山田さんが引いてしまうくらいです。
しかもニナちゃんは、みいちゃんの前で山田さんに、
「自分はみいちゃんと同じくらいヤバいのか」
と相談する。
この質問をみいちゃん本人の前でするところも、ニナちゃんらしいズレ方だと思いました。
ただ、みいちゃんとは少し違います。
ニナちゃんは、自分が周囲とズレていることをある程度自覚しています。
だからこそ、人付き合いや片付け、仕事術などの本を読んでいる。
自分なりに「普通に近づこう」としています。
それでも、仕事ではミスが重なっていく。
お客さんの不幸話を詳しく聞こうとしたり、身体をぶつけてアザだらけになったり。
注意されることで、以前の昼職でミスを重ねて退職した経験までフラッシュバックする。
そして、また怒られる。
また「自分はダメなのではないか」と思う。
その繰り返しの末に、結局お店を飛んでしまいます。
このニナちゃんの話を読んでいると、
「努力していないから上手くいかない」という単純な話ではないことが分かります。
頑張っている。
改善しようともしている。
それでも、周囲と同じようにはできない。
この感覚が、ニナちゃんの苦しさなのではないでしょうか。
番外編「ニナちゃん36歳」が刺さる理由
そんなニナちゃんですが、番外編では36歳になっています。
キャバクラを辞め、アルバイトを転々としながら、正社員として働くようになっている。
相変わらずミスはする。
上司に尻拭いをしてもらうこともある。
それでも、仕事を続けている。
そして、キャバクラ時代のことを思い出しながら、
「もっと早く20代のうちからちゃんと就職しておけば良かった」
と後悔します。
そこで上司が、
「30代って言ってもまだまだ若手だよ」
と声をかける。
この言葉はかなり刺さりました。
人生の途中で「もっと早くやっておけば」と思うことはあります。
でも、30代だからもう遅いというわけでもない。
ニナちゃんの物語は、2巻の中ではかなり重たいのですが、この番外編によって少し違った印象になります。
人生は、一度失敗したらそこで終わりではない。
ニナちゃんのその後を見ることで、そんな余白が生まれています。
第8話「あの女が嫌い」|「キモ客」だけが一方的に悪いわけではない
第8話では、みいちゃんを狙っている客・シゲオが登場します。
彼は自分なりに自分磨きをしている。
でも、周囲から見ると、その努力がどこかズレている。
みいちゃんを見下すような発言をしながら、みいちゃんとの関係を自分に都合よく利用しようとしている。
さらに、みいちゃんを自分の母親の介護に関わらせようとするような発想まで見せる。
かなり危うい人物です。
ただ、ここで面白いのは、
シゲオだけが一方的に誰かを利用しているわけではない
というところ。
みいちゃんとシゲオは、お金を介した関係です。
シゲオはみいちゃんから何かを得ようとする。
一方で、みいちゃんもシゲオからお金を得る。
本人たちがどこまで自覚しているかは別として、二人とも相手から何かを得ている。
だからこそ、この関係は単純な「悪い客と被害者」という構図だけではありません。
みいちゃんにとって「男の人」は全部同じ
さらに怖いのが、みいちゃんが男性をあまり区別していないことです。
みいちゃんは、彼氏がいることを客に平気で話してしまう。
相手が普通の人なのか。
キモ客なのか。
ストーカーになる可能性がある人なのか。
思想的に危うい人なのか。
みいちゃんの中では、どの男性も「男の人」という一つのカテゴリーに入っているように見えます。
これが非常に危うい。
周囲からすると、
「この人には警戒した方がいい」
という相手でも、みいちゃん本人には、その違いがあまり重要ではない。
そして、その危うさが第9話につながります。
第9話「100万回の殴打」|2巻の重さが一気に現実になる
第9話では、みいちゃんの顔が腫れ上がった理由が明らかになります。
彼氏のマオくんから殴られていたのです。
しかも、みいちゃんはこれまで付き合った男性からも暴力を受けている。
周囲のキャバ嬢たちや読者からすると、「これは危ない」とすぐに分かります。
しかし、みいちゃん本人は、その危険性に気づけていない。
ここに、この作品の怖さがあります。
マオくんも「優しい彼氏」では終わらない
マオくんは、みいちゃんに勉強を教えます。
一見すると、恋人が勉強を教えているだけ。
ところが、みいちゃんができないと暴力で解決しようとする。
さらに、みいちゃんには分かるとは思えない微分積分を教えているという、妙に知的な場面にも危うさが混ざっています。
周囲から見れば、「勉強を教えること」と「暴力」が同時に存在していること自体がおかしい。
でも、みいちゃんはそこに違和感を持てない。
この温度差が非常に印象的です。
読者は危険だと分かる。周囲も危険だと分かる。
でも、本人だけが分からない。
だから読者は、みいちゃんの置かれている状況を客観的に見ることができます。
相談窓口が多すぎて、みいちゃんが混乱するのもリアル
ココロちゃんは、DVについて相談窓口や支援センターを勧めます。ところが、みいちゃんは相談先がたくさんありすぎて混乱してしまう。
ここは、現実の問題を漫画で描く難しさが表れている場面だと思いました。
「困ったら相談しましょう」
と言うのは簡単です。
でも、実際には、
「どこに?」
「何を相談するの?」
「警察に行ったらどうなるの?」
という問題が出てくる。
山田さんから見ても相談先が複数あり、中には加害者向けの相談先まである。
それなら、みいちゃんが混乱するのも分かる。
そして山田さんは、
「警察署」
というシンプルな結論を出します。
このあたりにも、この作品の「分かりやすく伝える力」が出ています。
「こういう場合も欠勤の罰金とるんですか?」がほっこりする
重たい話が続いた後に、店長と山田さんのやり取りが入ります。
みいちゃんは顔の怪我を注意され、退勤としばらく休むことになります。
そこで山田さんが、
「こういう場合も欠勤の罰金とるんですか?」
と聞く。
店長が、
「そこまで鬼じゃねぇよ」
と返す。
このやり取りがほっこりしました。
同時に、山田さんの抜け目のなさも出ています。
どれだけ重たい話をしていても、
「罰金は取るのか」
という現実的なところを忘れない。
こういう小さなやり取りがあるからこそ、作品全体が重くなりすぎないのだと思います。
第10話「パパ✕ママ」|はっと汁から始まる、みいちゃんの過去
祝日で店が休みだった山田さんは、暇つぶしにみいちゃんの家へ遊びに行きます。
そこでみいちゃんが振る舞ったのが、宮城県でよく食べられている家庭料理「はっと汁」。
山田さんは初めて食べるのに、
「懐かしい」
と感じます。
みいちゃんにとっては、ママとの思い出の味。
そこから山田さんが、
「みいちゃんのママってどんな人なの?」
と尋ね、みいちゃんの過去へと話が進んでいきます。
この「食べ物」から「家族の記憶」に移っていく流れが好きでした。
みいちゃんの幼少期には、すでに現在につながる問題がある
みいちゃんは母親とおばあちゃんとの3人暮らし。
家庭環境はかなり複雑です。
幼い頃から周囲の子どもたちがなぜか近づいてこなかったり、2歳になっても発語がなかったり。
病院では、個人差があるので、たくさん話しかけたり絵本を読み聞かせたりするように言われます。
しかし、ママはみいちゃんへの接し方に苦しみ、叩いてしまう。
それをおばあちゃんが止める。
ここでも、
「みいちゃんをどう理解するのか」
という問題が家族の中にあります。
そして、ママが「もう一回赤ちゃんが欲しい」と言う。
この場面には、読者も山田さんもかなり引いてしまうと思います。
ただ、ここで描かれているのは、単純に「母親がひどい」という話だけではありません。
みいちゃんを理解できない。
どう接していいのか分からない。
それでも周囲には「普通に育てること」を求められる。
その積み重ねが、家庭の中の歪みにつながっているように感じます。
第11話「小学生みいちゃん」|「正しい言葉」が届かない怖さ
小学1年生のみいちゃんは、先生からいじられる対象になっています。
先生にとっては、その方がクラス全体を回しやすかったのかもしれません。
しかし、みいちゃんにとっては傷つく経験です。
そして突然キレる。
先生は謝りますが、それ以上深く関わろうとはしません。
その後、0点のテストをママに見せます。
みいちゃんは「先生への反抗として、わざとやった」あからさまな嘘の説明をする。
そしてママは、それをそのまま信じる。
ここはかなり怖い。
みいちゃんが嘘をついているというより、
「みいちゃんの言葉をどう受け取るか」
という問題が見えてくるからです。
須崎先生は、みいちゃんを「バカ」と言っているわけではない
小学3年生になり、須崎先生という女性教師が担任になります。
須崎先生は、みいちゃんの学校生活を見て、保護者面談で検査や特別支援学級という選択肢を提案します。
しかし、母親は「みいちゃんがバカだと言いたいのか」と怒ってしまう。
その後、須崎先生はわざわざ自宅まで謝りに来ます。
そして、おばあちゃんにも話をします。
須崎先生が考えているのは、
「勉強についていけるか」
だけではありません。
時間を守る。
社会のルールを知る。
買い物をする。
電車に乗る。
そうした「生きていく力」を身につけた方がいいのではないか。
非常に現実的な考え方です。
ところが、おばあちゃんも近所の目を気にして、受け入れられない。
ママに至っては、須崎先生へのクレームまで考える。
そしてみいちゃんには、
「須崎先生は裏でみいちゃんのことをバカって言ってる」
と伝えてしまいます。
ちゃんとした人が割を食うのは、やるせない。
須崎先生について詳しく深掘りした記事はこちら

みいちゃんは、自分で先生に確かめに行く
ここでみいちゃんは、自分で確かめます。
「バカって言ったの?」
須崎先生は、
「私はみいちゃんが特別だと思ったから、適した場所を提案しただけ」
と説明します。
さらに、今後の社会によって線引きや基準も変わっていくのだろうと話す。
そして最後に、
「中村さんは感性がすごいから!将来は何になるのかな……絵描きさんかな?小説家さんかな?」
と笑いかける。
須崎先生としては、みいちゃんを否定するつもりはなかったのでしょう。
むしろ、彼女の個性を認めようとしている。
それでも、みいちゃんはその笑顔を、以前に自分を見下していた先生やクラスメイトの笑いと同じように受け取ってしまいます。
そして、卒業までの3年間、学校に行かなくなる。
ここは本当にやるせない。
「受け止めた方が嫌に感じたら、それは言った方が悪い」
という考え方だけでは、この場面は説明できません。
須崎先生は言葉を選んでいる。
みいちゃんも自分なりに確かめている。
それでも、うまく伝わらない。
人間同士のコミュニケーションの難しさが、そのまま描かれているように感じました。
『みいちゃんと山田さん』2巻が「分かりやすい」理由
ここまで2巻を振り返って、改めて感じるのが、この作品の構成の巧さです。
扱っているテーマは非常に複雑です。
家庭。
仕事。
恋愛。
暴力。
人間関係。
幼少期の経験。
それでも、物語そのものは迷いにくい。
その理由の一つが、徹底した分かりやすさだと思います。
絵柄がデフォルメされている
深刻な出来事を扱っていても、絵柄は極端にリアルではありません。
そのため、必要以上に読者の感情を煽ることなく、起きている出来事を見ることができます。
人間関係が複雑すぎない
誰が誰とどういう関係なのかが追いやすい。
だから、読者は人間関係を整理することに頭を使いすぎず、登場人物の言動に集中できます。
1話ごとに中心となる問題が明確
第6話なら「みいちゃんの好き」。
第7話なら「ニナちゃんの普通」。
第8話なら「みいちゃんとシゲオ」。
第9話なら「みいちゃんとマオくん」。
第10話・第11話なら「みいちゃんの過去」。
一つの話の中で焦点が大きく散らばらない。
だから重たいテーマでも読み進められるのだと思います。
まとめ|『みいちゃんと山田さん』2巻は「重たい現実を、分かりやすく見せる」
漫画『みいちゃんと山田さん』2巻は、かなり重たい話が続きます。
ハムスターをめぐる価値観。
「普通」に生きようとするニナちゃん。
危うい客との関係。
みいちゃんとマオくんの暴力。
複雑な家庭環境。
そして、学校での過去。
どれも簡単に答えを出せる問題ではありません。
それでも、この漫画は読者を迷わせない。
絵柄も、人間関係も、ストーリーも、必要以上に複雑にしない。
だからこそ、読者は「何が起きているのか」を理解したうえで、その奥にある問題を考えることができます。
『みいちゃんと山田さん』2巻の面白さは、重たい現実を「分かる形」にして読者へ突きつけるところにある。
私は2巻を読んで、そんな作品だと感じました。
そして、この「分かりやすさ」は、単に読みやすいというだけではありません。
読者がみいちゃんたちの言動を理解できるからこそ、
「なぜ、この人はこうなったんだろう?」という、もう一段深いところまで考えられる。
それこそが『みいちゃんと山田さん』の強さなのではないでしょうか。


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