『スキップとローファー』8巻レビュー・感想|美津未と志摩くんが「自分にとって相手は何か」を考えた一冊

漫画レビュー

※本記事は『スキップとローファー』8巻の内容に触れています。未読の方はご注意ください。

『スキップとローファー』8巻を読んで強く感じたのは、美津未と志摩くんは「付き合ったから関係が深まった」のではなく、付き合ってみたことで「自分にとって相手はどういう存在なのか」を考え直せたということです。

2人は付き合い始めます。

ところが、恋人になったことで順調に距離が縮まるわけではありません。

むしろ志摩くんは自分の気持ちが分からなくなり、美津未も「好き」という気持ちを改めて考えることになります。

そして最後には、2人は友達に戻ることを選びます。

一見すると「せっかく付き合ったのに別れてしまった巻」です。

でも、私は8巻を読んで、むしろ2人の関係が一段深くなった巻だと感じました。

8巻は「恋人になること」がゴールではなかった

42話「ドギマギのお付き合い」で、志摩くんは美津未に「付き合ってみる?」と伝えます。

ここで面白いのは、「付き合おう」ではなく「付き合ってみる?」という言葉です。

志摩くんにとって美津未は、すでに大切な友達です。

だからこそ、ただ付き合って別れるという関係にはしたくない。

一緒に帰ったり、勉強したり。

そうやって今までの関係に少しずつ変化を加えながら、「付き合う」という関係を試してみようとしているように見えます。

一方の美津未は、かなり素直に喜びます。

「付き合った」という事実が嬉しくて、志摩くんの部活が終わるまで勉強して待ってしまうほどです。

この温度差が、8巻の最初から描かれています。

美津未は「付き合えたこと」に素直に喜んでいる。

それに対して志摩くんは、嬉しさよりも「これでいいのか」という戸惑いを抱えている。

その違いが、後の展開につながっていきます。

志摩くんの「砂みたい」という言葉が気になる

志摩くんはクリスの家で、自分の感情について考えます。

そして、言葉にできない感情を「砂みたい」と表現します。

この「砂みたい」という言葉は、8巻の志摩くんを考えるうえでかなり重要な場面だと思います。

私はここを、志摩くんには感情がないという意味ではなく、自分の感情の形や境界がはっきりしなくなっている状態として読みました。

砂は、手で握れば形が変わります。

入れ物が変われば、その形にも合わせられる。

志摩くんのこれまでの描写を考えると、この「形が定まらない」という感覚は彼に重なります。

幼い頃の志摩くんと母親の場面でも、母親が求めている言葉を察して「うん……」と答える姿が描かれています。

もちろん、作品が「だから現在の志摩くんはこうなった」と明言しているわけではありません。

ただ私は、相手が何を求めているのかを考え、それに合わせて答えることを繰り返してきた結果、自分自身が何を感じているのか分かりにくくなっているのではないと感じました。

だからこそ、好きな人ができたときに困ってしまう。

「美津未のことは好き」

でも、それは友達としてなのか。

恋愛感情なのか。

付き合いたいのか。

そもそも自分は何を望んでいるのか。

そこが自分でも分からない。

「砂みたい」という言葉には、そんな志摩くんの曖昧さが表れているように感じます。

付き合った直後から、2人の温度差が見えている

そんな志摩くんの戸惑いは、翌朝の美津未との場面にも表れています。

美津未は志摩くんに、春の公演を「頑張ってね」と伝えます。

志摩くんも「うん」「ありがとう」と返します。

それだけを見ると、何も問題はありません。

ところが、その直後のコマが印象的です。

美津未は元気よく走っている。

その一方で、志摩くんは下を向き、顔を見せず、手足が力なく垂れているように描かれています。

2人は付き合い始めたばかりです。

それなのに、すでに気持ちの向いている方向が少し違う。

この演出があることで、8巻は単純な「恋人になって幸せ」という物語ではないことが分かります。

むしろここから、

「2人は本当に恋人という関係でいいのか?」

という問いが始まっているのだと思います。

美津未の「好き」も少しずつ変わっていく

一方、美津未の側にも変化があります。

志摩くんと付き合ったことで、美津未はこれまで以上に彼のことを意識するようになります。

クラスメイトから2人の関係を勘ぐられたときにも、美津未は傷つきます。

そして、自分が志摩くんを好きだからこそ、普段なら気にしないようなことまで気になってしまうことに気づいていきます。

志摩くんが別の女の子たちに誘われたときも、美津未は「どうして何も言ってくれなかったのか」と彼に尋ねます。

志摩くんには、クラスの中で余計な波風を立てたくないという考えがありました。

美津未にも、その考えが分からないわけではありません。

でも、それでも「私はどうしたいんだろう」という気持ちは残ります。

付き合う前なら、そこまで考えなかったことです。

恋人になったからこそ、相手との距離や自分の感情について考えざるを得なくなった。

ここにも、8巻のテーマが表れているように感じます。

2人とも「相手を好き」というだけでは答えが出ない

8巻の面白さは、美津未と志摩くんのどちらか一方だけが悩んでいるわけではないところです。

志摩くんは、

「美津未のことは好きだけど、この好きは何なのか」

を考えている。

美津未も、

「志摩くんのことは好きだけど、この好きは恋愛なのか」

を考えている。

2人とも相手を大切に思っている。

それなのに、恋人という形にすると、なぜかうまくいかない。

だからこそ、この8巻では「好きなら付き合えばいい」という単純な答えになりません。

好きだからこそ、自分たちにとってどんな関係が一番いいのかを考える。

そこまで描いているのが、この作品らしいところだと思います。

美津未が選んだのは「別れること」ではなく「関係を選び直すこと」

そして46話「ぽかぽかのピクニック」。

ここが8巻で最も印象に残った場面です。

美津未は志摩くんに、

「私たち友達に戻れる?」

と尋ねます。

美津未は、自分の「好き」と志摩くんの「好意」は違うものなのではないかと考えています。

このまま付き合い続ければ、これから忙しくなる中で恋愛について悩み続けてしまう。

だから別れたい。

でも、志摩くんのことを嫌いになったわけではありません。

むしろ、

恋人ではなくても、この人のことが好き。

そう思っているからこそ、友達に戻りたい。

この理由が私はすごく好きです。

「志摩くんが悪いから別れる」のではありません。

「私の好きと、志摩くんの好きは違う」

だから、今の2人にとって一番いい関係を考える。

高校生の恋愛としては、驚くほどスマートな別れ方だと思いました。

普通なら、相手に不満をぶつけたり、「どうして分かってくれないの?」となったりしてもおかしくありません。

でも美津未は、自分の気持ちを整理して話します。

そして志摩くんも、

「うん。わかった。オレも……ごめん」

と受け入れる。相手を悪者にしない。

自分だけを被害者にもしない。

2人とも、自分たちの気持ちに向き合って関係を選び直しています。

だからこの別れは、失恋の痛みをぶつけ合う場面というより、2人が相手を大切に思っているからこそ、自分たちに合わない関係を手放す場面に見えました。

「恋人じゃなくても、この人が好き」

そして、美津未は続けます。

恋愛ではなくても、

「この人好きだな」

と思える。

だから友達に戻りたい。

この言葉が、この巻の答えのように感じました。

付き合ってみたことで、美津未は志摩くんへの「好き」が恋愛だけではないことに気づいた。

志摩くんも、付き合ってみたことで、自分が美津未をどう思っているのかを考えることになった。

つまり2人は、恋人になることで関係を完成させたのではありません。

恋人になったことで、むしろ自分たちの関係を考え直すことになった。

ここが8巻の大きな魅力だと思います。

「ほんと?」から「ほんと!」へ

別れ話のあと、志摩くんが「ほんと?」と聞く場面があります。

そして美津未は、

「ほんと!」

と答える。

そのまま美津未は志摩くんの手を握ります。

この場面がすごく良い。

志摩くんは、美津未の「好き」が恋愛ではなくなったことに対して、完全に落ち込んでいるわけではありません。

むしろ、

「恋人じゃなくても、本当に自分のことを好きでいてくれるの?」

ということを確認しているように見えます。

そして美津未は、言葉だけではなく手を握る。

恋人という関係ではなくなった。

でも、2人の間にある大切なものまで消えたわけではない。

それが、手を握るという行動で表現されているように感じました。

美津未の一瞬の無表情が気になる

この場面で個人的に気になったのが、美津未の表情です。

志摩くんが「ほんと?」と聞いたとき、美津未は一度、無表情のような顔を見せます。

そのあと「ほんと!」と笑う。

なぜ一度無表情を挟むのでしょうか。

ここは作品が明確な答えを提示していないからこそ、読者が考えられる部分だと思います。

「本当に友達に戻りたいのか」を一瞬考えたのか。

志摩くんの気持ちを受け止めたのか。

それとも、自分自身の気持ちを確かめたのか。

私は、ここを一つに決めつけないほうが、この場面の良さが残ると思います。

表情をあえて描き切らないことで、読者にその感情を考えさせる。

この作品らしい演出だと感じました。

最後の虹が見せるもの

そして8巻の最後。

雨が降ったあと、空に虹が出ます。

美津未たちは虹を見に行き、そこで志摩くんたちと出会います。

2人は目を合わせるものの、言葉は交わしません。

そして美津未たちは、4人で手をつないで虹の写真を撮ります。

この最後の虹が、とてもきれいです。

個人的には、美津未の中にあったモヤモヤが少し晴れたように見えました。

恋人ではなくなった。

でも、志摩くんを大切に思う気持ちは残っている。

それなら、それでいい。

そうやって自分の中で整理できたからこそ、最後の美津未は友達と一緒に虹を見ることができたのではないでしょうか。

雨が降ったからこそ、虹が出る。

8巻の物語そのものにも重なって見えます。

『スキップとローファー』8巻は「別れの巻」ではない

『スキップとローファー』8巻を読み終えて、最初に感じるのは「2人が別れてしまった」ということかもしれません。

でも、改めて振り返ると、私は少し違う見方になりました。

この巻で描かれているのは、付き合うことによって2人の関係が深まる物語ではなく、付き合ったからこそ「自分にとって相手はどういう存在なのか」を考え直す物語だったのではないでしょうか。

志摩くんは、自分の気持ちの形を探す。

美津未も、自分の「好き」が何なのかを考える。

そして2人は、恋人という形にこだわらず、自分たちにとって大切な関係を選び直します。

だから私は、8巻を「恋人になったけど別れてしまった巻」とは思いません。

2人が恋人という関係を経験したことで、お互いをもっと深く知ることができた巻。

そして最後に残ったのが、

「ほんと?」

「ほんと!」

というやり取りと、つないだ手だった。

この2人なら、恋人でなくても、これからもお互いにとって大切な存在であり続けるのではないか。

そんなことを感じさせてくれる8巻でした。

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