コーンスープみたいに優しいこの漫画に、なぜあの2人がいるのか。
読み返すほどに、この違和感は強くなる。
『スキップとローファー』には、
はっきりとした悪役がほとんどいない。
少し嫌な印象を持つ人物が出てきても、
後から別の側面が描かれて、その印象は薄れていく。
それでも
2巻に登場する白井と柴本だけは、少し違う。
一番“悪役に近い”2人
体育館での一件。
ルールを無視して場所を使い、
ぶつかっても謝らず、
注意されても流す。
切り取って見れば、
かなり印象は悪い。
この作品の中で、
“嫌なやつ”に一番近い存在だと思う。
それでも、この2人は“悪役”ではない
ただ、少し引っかかる。
この2人の言動は、
完全な悪意として描かれているわけではない。
むしろ、
- その場の空気
- 立場の違い
- 相手との距離感
そういったもののズレで起きているように見える。
白井の「間」
特に印象的なのが、
注意されたときの白井の反応だ。
「あー」とだけ返す、あの一瞬。
あれは開き直りというより、
一瞬の迷いのようにも見える
謝るべきか、流すべきか。
その判断の“間”が、そのまま出てしまったような。
“悪”ではなく“揺れ”としての存在
もしこの2人が完全な悪役なら、
もっと分かりやすく描かれているはずだ。
でも実際はそうなっていない。
だからこそ、
この2人は
「悪い人」ではなく「揺れている人」に見える。
もしかすると、こういう関係だったのかもしれない
例えば、白井はもともと真面目で、
周囲の目を気にするタイプだったのかもしれない。
一方で柴本は、距離の取り方が近く、
場の空気を軽くするタイプ。
その関係の中で、
- 合わせるか
- 自分を通すか
そのバランスを取れずに、
あの場面のような振る舞いになった。
そう考えると、
あの違和感にも少し納得がいく。
この2人がいる意味
『スキップとローファー』は、
基本的に優しい世界でできている。
でも、全員が分かり合えるわけではない。
ちょっとしたズレや、
うまく噛み合わない関係も確実に存在する。
白井と柴本は、
その“噛み合わなさ”を可視化するための存在なんだと思う。
結論
白井と柴本は、悪役ではない。
むしろ、
この作品が現実から離れすぎないための
“ノイズ”のような存在だ。
優しいだけでは終わらない。
少しだけ引っかかる。
その違和感があるからこそ、
この漫画はリアルに見える。

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